尾崎雄飛の珈琲天国

ポートランドとシアトルと珈琲と珈琲


Aug 27th, 2014

text_yuhi ozaki
photo_masahiro arimoto

「シアトルは夏が最高なの」

友人からそう聞いて、この夏シアトルへ行くことにした。

シアトルはスターバックスコーヒー誕生の地、すなわちセカンドウェーブ(と言われる潮流)発祥の地だ。
前々から、自称・珈琲通としては行っておかなければいけない場所として気にはしていたのだけど、ようやくきっかけができた。
旅に出るきっかけは些細なことの方が、旅本体が盛り上がるように思う。

さらに、隣州にあるポートランドでも、同じ時期は気候が大変良いと聞く。
ポートランドには1月にも行ったのだけど、数多ある珈琲屋を回りきれなかった心残りがある。それならばということで、涼しくて雨の降らない2つの珈琲天国をまとめて車で旅することにした。

『ポートランド』

ワシントン州・タコマ空港から車で南下すること3時間、州境は大いなるコロンビア川の上に架かる鉄橋の途中。あっさりオレゴン州に入ると、同時にそこはもうポートランドだ。

街の中心地=ダウンタウンにとったホテルに行く前に、まずはそれ以外の郊外エリアを巡る珈琲行脚を開始。
「コアヴァ」「カフェ・ヴィータ」「リストレット・ロースターズ」は名店だけど前回行ったので今回は省いて。「ハート」と「スウィーディーディー」に行けたのは今回の収穫。
上記はどの店も、今流行の酸味と華やかな薫りが特徴のいわゆるサードウェーブの珈琲を出していて、実にポートランドらしい。
店のインテリアも、ウッディーとインダストリアルの中間で、リラックス出来る雰囲気の店がほとんど。

ホテルに着くや寝て起きて、翌日は早朝からダウンタウンのお楽しみ、「スタンプタウン・コーヒーロースター」で朝食。すぐ近くにある大人気のドーナツ屋「ヴードゥー・ドーナッツ」で買ったドーナツを持ち込んで食べた。美味い、幸せ。
でも、ドーナツ屋で出している珈琲もスタンプタウンの珈琲だった。ご近所付き合いかな。

「スタンプタウン=切り株の街」というのは、ポートランド市の愛称だ。ニューヨークの「エースホテル」のカフェとして一躍有名になったこの珈琲屋は、ここポートランドが本拠地。
サードウェーブ代表として超有名なロースターだけど、何度飲み比べてもやっぱりココの珈琲が一番美味いと思う。酸味の爽やかさと薫りの透明感が群を抜いているのだ。

「切り株の街」はレストランも珈琲屋も洋服屋も、みんなオーガニックな雰囲気で、ローカルの人々のファッションも気取らず気張らず、ご近所同士が繋がって確かで豊かな生き方をしている、ステキな田舎町である。

『シアトル』

シアトルへの道中は、有名なマウント・レーニアのあるカスケード山脈と、広く湿った温帯雨林のオリンピック山脈との合間を走るから、美しく雄大な自然風景をこれでもかと見せつけられる。
車に轢かれた被害者もタヌキやシカがメインだ。
たくさんのアウトドアブランドが生まれた街には、それなりの理由があるのだ。

しかし、そんな大自然を抜けて辿り着くシアトルの街は、意外や大都会。
摩天楼の脇に鉄塔「スペース・ニードル」が突き出す風景は、昔描かれた未来都市の予想図みたいで、わくわくする。

今回の宿にした「エースホテル」はニューヨークで大人気になっているけど、実はシアトルから始まったホテルチェーンだ。 こぢんまりとはしているが、中身は濃厚でセンスの良いホテル。 このPNW(パシフィック・ノースウェスト/西海岸北部)のセンスが、現代アメリカ全体における流行の素になっているのを確信する。

さて、肝心の珈琲屋はというと…「ツァイトガイスト」「ヴィクトローラ」「スターバックスコーヒー・パイク・プレイス(一号店)」「カフェ・アンブリア」「フレモント・コーヒーカンパニー」などで実飲。
アールデコとアトミックデザインによるインテリア、黒やステンレスのシルバーを基調とした硬質なパッケージングが目立つ物販ブース。うーん、どこかで見たような。
珈琲はどの店もカフェラテなどのエスプレッソドリンクが推しで、試しに注文したドリップ・コーヒーは、苦みとコクの強いガッツリ深煎りの物だった。

やはり、スターバックスから今も発せられる、エスプレッソを礼賛するセカンドウェーブの余波から抜け出していないのだろうか。
ポートランドで酸味に慣れてしまった舌には、やや重苦しく思えた。
もちろん、カフェラテはどこで飲むより美味しい物ばかりだったけれど。

しかし道中、偶然入った「ブロードキャスト・コーヒーロースターズ」は例外で、ウッドとインダストリアル家具のポートランドっぽい店内には、サンフランシスコの「サイトグラス・コーヒー」や前述「スタンプタウン」の浅煎り系珈琲豆が売られている。ふむ、なるほど。 ここが自家で焙煎している珈琲も具合のいい浅煎り豆で、鼻孔を駆け抜ける様な華やかな薫りの珈琲を飲むことができた。

また、その晩食事をした、オシャレで注目というバラード・エリア随一の大人気店「ザ・ウォルラス・アンド・ザ・カーペンター」では、オーガニックでハイセンスなインテリアの店内で、実に美味しいシアトルの海の幸を食べて、〆のデザートメニューには「スタンプタウン・コーヒー」の文字を見つけた。

やはり、シアトルにも小波ながらサードウェーブはしっかりと届いていたのだ。 そういえば「スタンプタウン」のシアトル店も、最近になってオシャレになったと言われるキャピトル・ヒル・エリアにある。 そこでは、カフェ、雑貨屋、本屋、洋服屋のどれもがスタイリッシュで、地に足の着いた「長く愛せる物」を推奨していた。 そして、そこに集まっている、気取らないけどベーシックで品のいいファッションの人々を見て、PNWの人たちみんなに共通する精神的な豊かさを感じた。

ポートランドとシアトルと。
違う様に見えて、本当は人々に共通点が多くて。
でも、珈琲の味がまったく違う都市。

サードウェーブとセカンドウェーブと。
どちらもこだわり抜いた美味しい珈琲には違いない。

やっぱり珈琲は奥が深くて、文化に寄り添っていて、本当にステキなものだ。

また改めてそう思えた、珈琲天国PNWの旅であった。

帰国後、友人からメールがきた。
「PNWの良さを知ってくれて嬉しいわ」

悪いけれど珈琲ばっかり見ていた、なんて言えないな。

 

今月の一杯【スターバックスコーヒー1号店のPIKE PLACE SPECIAL RESERVE】

ご存知スターバックスの、1号店だけで売っている特別なブレンドコーヒー。
本文中でも触れたけれど、こちらもやっぱり深煎りで、苦みとコクの強いもの。でも、ほのかなキャラメルの薫りが心地良く、雑味が少なくスッキリ飲める、深煎り豆のお手本の様なローストである。

今回はカリタのドリッパーで抽出したけれど、エスプレッソマシンや、あえてケメックスで雑に酸味を引き出したりも、試してみたい。

PROFILE
尾崎 雄飛

2001年よりセレクトショップのバイヤーとして勤務後、2007年に〈フィルメランジ ェ(FilMelange)〉を立ち上げる。2011年に独立し、フリーランスのデザイナーとして様々なブランドのデザイン、ディレクションを手がける。そして2012年1月に自身のブランド〈サンカッケー(SUN/kakke)〉をスタート。現在、様々な商品のブランディングも務めている。

秋と珈琲と音楽と

野外でのキャッキャウフフと珈琲と


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