尾崎雄飛の珈琲天国

珈琲について聞いてみた「カフェ・ド・ランブル関口一郎さん」編


Feb 25th, 2015

text_yuhi ozaki
photo_ari takagi

カフェ・ド・ランブルは1948年(昭和23年)に創業。
以来、実に60年以上「珈琲だけ」をていねいに提供し続けている老舗だ。
僕もしばしばお邪魔して、色んな意味で濃厚な珈琲を楽しませてもらっている。
今回は第10回で紹介した本の著者でもある、オーナーの関口一郎さんにインタビューできるという千載一遇のチャンスを得た。

関口さんは今年でなんと満100歳。まさに日本の珈琲文化の生き証人だ。
さらに、珈琲に興味を持ちその製法や豆の焙煎などを研究され始めたのは、関口さんが10代の頃のことであるというから歴史が長い。
そんな生粋の珈琲好きである関口さんは、今でも少年のように珈琲のことを嬉々として語る。
時代の移り変わりとともにさまよう日本の珈琲文化は、彼の目にどう見えてきたのか。
また、珈琲とは彼にとってどういうものなのか。聞いてみた。

まずは、カフェ・ド・ランブルで珈琲をいただくときにずっと気になっていることがあった。
メニューを見ると、上から順に以下のようにある。

COFFEE ONLY MENU
No.2 カフェ・クレーム 普通カップ(ミルク付き)
No.3 カフェ・ノワール 中カップ(中濃・ブラック)
No.6 ドゥミ・タッス 小カップ(濃厚・ブラック)
…以下略
最上段にNo.1が無いのだ。

「なぜ、No.1がないのですか?」

関口さんはこの質問を面白がるように答えてくれた。

「No.1はその名の通り、完全無欠の一番美味しい珈琲のこと。昔は存在したけれど、大量生産大量消費時代の現在には存在し得ないだろうね。だから無いんです。」

曰く、コーヒーの木に沢山の果実が実るように品種改良をし始めた時点で、その味は失われてしまったという。
値段を安くするために味という品質が犠牲になっていくのを厭わない業者が「工業用」の豆を大量輸入するようになったのもこの頃からだと語ってくれた。

「では、関口さんの若いころはNo.1のコーヒーが飲めたのですね。それはいったいどんな味だったのですか?」

関口さんは僕の素朴な疑問にニッコリ微笑んで

「こんな美味しい珈琲が飲めるなんて、生きていてよかったと思うくらいとびきりの味ですよ。」

うらやましい。
はたして、No.4と5も無いことに関しては何も語ってもらえなかったが。笑

続いて、僕はカフェ・ド・ランブルの名物ともいえる「オールドビーンズ」について、以前から興味があった。

「コーヒー豆を生豆のまま数年寝かしてから焙煎すると美味しくなるというのは本当なのでしょうか。」

「ウチでは10年以上ストックした豆を順次焙煎して確認しているんだけれど、コーヒー豆を長年寝かせておくと、美味しくなるという事実は確かにあります。」

自信ありげに答えてくれた。

「ただし、年月を重ねても、美味しくならないものも正直言うとあるんですよ。」

とも。

「さらに面白いもので、ある時、寝かせたのだけど全然美味しくならなかった豆があって、しゃくだから捨てもせず放置していたのをそのまた5年後に不意に発見してね。飲んでみると、これが美味かった。」

つまり、その豆ごとに美味しくなる年月のポイントが違うのかもしれない。
それは関口さんにも予想がつかないという。
カフェ・ド・ランブルでいただくオールドビーンズの珈琲は、独特の渋みというか深い酸味というか、熟成を感じる味わいで、他の店ではなかなかお目にかかれないものだ。
メニューにはいくつかの年代の違うオールドビーンズが並んでいて、古い物で1954年物との記載もある。これは惜しくも取材時点では売り切れてしまったとの事だったけれど。

インタビュー中、通りかかるお客さんに気さくに声を掛ける関口さん。実に朗らかに常連さんと挨拶を交わしている。

「あのお客さんはもう60年ぐらい来てくれてるんだ。一番古いお客さんだね。」

度肝を抜かれた。
高齢にはとても見えない、颯爽とコートをまとった紳士がカウンター席の一番奥に腰掛けた。
いつもの席なのかもしれない。
カウンターの中では赤いポットから白いネル袋の中へ、細く切られたお湯が途切れそうな放物線を描いてやさしく落ちていく。

「関口さんにとって、一番の珈琲抽出方法はネルドリップなのですか?」

素朴な疑問を口にすると、関口さんは即座に答えた。

「うちはネル一辺倒だね。ネルがいちばん素晴らしい。もちろん、ペーパー、サイフォン、パーコレーターなんかも試した上でね。」

昔、三浦義武さんという、ほんとうに美味しい(No.1といえる!)珈琲を点てる名人がいたという。
その三浦さんが日本橋のデパートで定期的に開催していた「三浦義武のコーヒーを楽しむ会」に、
喫茶店のオーナーたちに混じってただ一人参加していた少年こそ、10代の頃の関口さんであった。
その会ではネルドリッパーを使った珈琲の点て方を指南しており、そこで学んで以来ずっと、一途にネルドリップを信奉し続けているということらしい。

美味い珈琲に魅せられ、美味い珈琲を焙煎し、点てて、評判の珈琲人となって久しい関口さん。
長生きの秘訣は「ストレスを溜めないこと」と微笑むいつも朗らかな関口さん。
それでも、お店を続ける中には楽しい時もあれば無論辛い時もあっただろう。
つらい日々をどのように乗り越えてきたか、それは…

「やっぱりね、お客さんの顔を見てたらやめられなくなっちゃった。」

目尻に深く笑い皺の刻まれた目。その瞳の奥には、まだまだ未来を見据える強い眼光が確かに宿っていた。

僕だって、こんな素敵な人達を見られるなら、珈琲天国をやめられない。

今月の一杯【カフェ・ド・ランブルのオールドビーンズ・メキシコ ’76年】

本文にも登場のオールドビーンズ。1976年物だから、約40年の時を経た珈琲である。
貴重な豆をふんだんに使い、ネルドリップでゆっくり点てるから、濃厚にしてまろやか。
40年溜め込んだ渋みや酸味をポジティブに味わう事ができる稀有な珈琲だ。

オールドビーンズ・メキシコ ‘76年
¥870(シングル)¥1,070(ダブル)

カフェ・ド・ランブル
東京都中央区銀座8-10-15
03-3571-1551
平日12:00~22:00(L.O.21:30)
日・祝日12:00~19:00(L.O.18:30)
無休(年末・年始を除く)

PROFILE
尾崎 雄飛

2001年よりセレクトショップのバイヤーとして勤務後、2007年に〈フィルメランジ ェ(FilMelange)〉を立ち上げる。2011年に独立し、フリーランスのデザイナーとして様々なブランドのデザイン、ディレクションを手がける。そして2012年1月に自身のブランド〈サンカッケー(SUN/kakke)〉をスタート。現在、様々な商品のブランディングも務めている。

珈琲道具〜入門編〜

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