尾崎雄飛の珈琲天国

ア・フィルム・アバウト・コーヒー


Nov 18th, 2015

text_yuhi ozaki

秋晴れの合間に宿命的に差し込まれた雨の日曜日に、ふるい友人と待ち合わせて昼食をともにした。


久しぶりではあったけれど、特に話すことが豊富ではないという程度の間柄だから、話題はすぐに尽きた。

お互いに居心地の悪さを感じたのだろう。どちらからともなく店を出ようということになったが、待ち合わせてから一時間も経っていない。
楽しく旧交を温めるつもりでやってきたふたりは、どちらからも帰ると言い出せなかったので、雨の中を歩いて喫茶店に行くことにした。

「茶亭 羽當」は僕たちが入るとちょうど満席になった。


混み合っていてもその混み合いを感じさせない、ゆったりした「感じの」インテリアが功を奏していた。
「それにしても」
話題のない相手を前に、自分に対しての言葉がこぼれた。
この店はこんなに混んでいたことはなかったよな…
声には出さなかった。
あるいは雨のせいかもしれないと思ったからだ。
入口の扉の前にはもう何人かが空席を待っていた。

この連載のおかげで機会を得て、映画「ア・フィルム・アバウト・コーヒー」の試写を観させてもらえることになったとき「へえ、映画か。珈琲も市民権を得たもんだ」と思った。
一定以上の観客の興味が注がれない題材には(ほとんどの場合)映画は作られない。
この映画はまさに、生まれたての珈琲が、人知れず珈琲に関わる人が、いわば市民権を得て映画になるまでのドキュメンタリー映画だ。


一杯の珈琲の、その後ろ側にある背景の物語。

ブレンドコーヒーが運ばれて来ると、友人は砂糖とミルクを大量に入れて、なんともなさそうに飲んだ。


「ブルーボトルコーヒーって知ってる?」
と聞くと
「知ってるよ、並ぶとこでしょ」
と当然のように言うので、少し驚いた。
「あそこの社長は、日本に来るとこの店で珈琲を飲んでてさ…」
そこまで言ったところで、彼の注目は携帯電話に注がれていることに気づいて、僕はまた珈琲を啜った。

一口啜ったその珈琲の抽出には、一杯あたり20~30gの豆を使うけれど、
コーヒーチェリー(乾燥する前の珈琲豆)は1本のコーヒーの木から、450gしか取れないうえ、農場の人たちはチェリーをひとつひとつ丁寧に手で摘む。


ぶどうのように足で踏んで、熟成具合を確かめる。
洗って、乾燥させる。
コーヒー農園の人々の重労働と集中力を、映画は楽しげに、幻想的に切り取る。
踊りながら、歌いながら、珈琲は作られていくという。

口に含んだ「羽當ブレンド」は、苦くてしっかりとした風味があるけれど、後味がすっきりしている、良い豆とドリップ抽出技術のバランスが高次元で保たれている好例。

ドリップ抽出といえば、今はなき思い出の「大坊珈琲」もこの映画のワン・パートを担う。


大坊勝次氏の独特でいて合理的で、魔法のようなネルドリッピングを、あのカウンター席にまた座っているかのような画角で観ることができる。これは大坊ファンにはたまらない記録映像でもある。

さらに、前々回で取材させていただいた「ベアポンド・エスプレッソ」の田中勝幸さんも出演。
銀幕の中に入っても相変わらずの「田中節」を聞かせてくれる。


「Coffee people have to be Sexy(珈琲人はセクシーでなければならない)」
僅かにてらいながらも、確信を持ってそう言い切る彼の眼の奥に、大坊氏と同じ光が見えるのは僕だけではあるまい。

カウンターで珈琲を抽出する人の所作をぼうっと眺めていると、友人が切り出した。


「珈琲って、どこで飲んでも同じっていう人もいるけど、そうじゃないよね?でも、何が違うの?」
僕は言葉に詰まってしまった。
彼とさらに3時間話し続けるほど時間も愛着もあるわけでもなかったので、
「ア・フィルム・アバウト・コーヒー」を観れば分かるよ、と話した。
予想通りの生返事が返ってきた。

友人がこの映画を観に行くかどうかは分からないけれど、珈琲を愛してやまない人はもちろん、
珈琲に興味があるけれど、どういうものなのか分からないという人に、ぜひ見て欲しい。


コーヒーの話だけで66分。長いのかも?
いや、流麗なカメラワークと、全員が俳優のように(もちろん全員俳優ではない)カッコイイ出演者たちの熱い情熱に付き添っていたら、あっという間に終わってしまう。

帰りに珈琲を飲みに行く計画を立てて映画館に向かうのがオススメだ。


『A Film About Coffee(ア・フィルム・アバウト・コーヒー)』


2015年12月12日(土)新宿シネマカリテモーニング&レイトほか、全国順次公開決定!
© 2014 Avocados and Coconuts.

監督:ブランドン・ローパー
出演:ダリン・ダニエル(スタンプタウン・コーヒー・ロースターズ)、マイケル・フィリップス(ハンサム・コーヒー・ロースターズ)、ジェームス・フリーマン(ブルーボトルコーヒー)、ケイティ・カージュロ(カウンター・カルチャー・コーヒー)、アイリーン・ハッシ・リナルディ(リチュアル・コーヒー・ロースターズ )、大坊勝次(大坊珈琲店) 、田中勝幸(ベアポンド・エスプレッソ)ほか (2014 年 / アメリカ / 66 分 / 16:9 / DCP)
提供:シンカ/ヌマブックス 配給・宣伝:メジロフィルムズ 宣伝協力:シャ・ラ・ラ・カンパニー、ヌマブックス

今月の一杯【トリバコーヒーとフィルメランジェの珈琲「八つ時」】

銀座のコーヒー豆屋「トリバコーヒー」が僕の手掛ける〈フィルメランジェ〉の直営店のために作ってくれたブレンド。
一口飲むと苦味、酸味、コク、まろみ、全てが平均的でのっぺりした印象を受けるが、お菓子を頬張りながら飲むと、あら不思議。一緒に食べるもので味が七変化するのだ。おやつ(八つ)時にオススメのブレンド。

PROFILE
尾崎 雄飛

2001年よりセレクトショップのバイヤーとして勤務後、2007年に〈フィルメランジ ェ(FilMelange)〉を立ち上げる。2011年に独立し、フリーランスのデザイナーとして様々なブランドのデザイン、ディレクションを手がける。そして2012年1月に自身のブランド〈サンカッケー(SUN/kakke)〉をスタート。現在、様々な商品のブランディングも務めている。

きさらぎチョコレート品評会

スタイリッシュ化するニューヨークの珈琲屋


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