もうすぐ二月、如月である。にょげつではなく、きさらぎ。
ウィキペディアによると、その所以には諸説あるとのことだけど、洋服屋としては
「旧暦二月でもまだ寒さが残っているので、衣(きぬ)を更に着る月であるから「衣更着(きさらぎ)」
という説を採用したい。
例年二月は寒いけれど、暖冬と言われたこの冬は、新春になってようやく寒さを増してきただけに、体感的に例年より「衣更着」になりそうだ。
それでも二月は季節を分ける節分=立春から始まる春の季節。
珈琲豆でもまいて、鬼を追っ払って、いい春を迎えましょうか。
そうだ、今度の珈琲天国では珈琲豆まきを提案しよう……!
と思っていたら、
「次の珈琲天国ではバレンタインデーについて書いてもらうのはどうですか」
と編集担当。
「なるほど、近代日本人は豆をまくよりチョコレートを配ることのほうが多いらしい。
かくいう僕だって、豆まきなんぞしばらくしていない。
でも、チョコレートにもそんなに興味が強いわけじゃないので、どんなのが美味しいのかなど分からない…。
そんな悩みを数名に打ち明けていたら、バレンタインデーを待たずして何人かからチョコレートをもらった。
センスのいい友人たちなので信頼して、それらを紹介したい。
まずはドイツの高級チョコレート、『ローエンシュタイン』の「ローエンシュタイナー・ニップス」。
ドイツに行った友人から頂戴した、ここんちの板チョコのバリエーションをお試しできるパレットらしい。
このメーカーが日本で販売される場合、板チョコは珍しいとのことなので参考になるかどうかであるけれど、本稿では珈琲との相性を話すべきなので、こだわらずに進もう。
ベースのチョコレートはカカオ使用率の異なるホワイトから濃茶のビターまでの何種か。
このベースに、レーズン、ナッツ、珈琲豆、パッションフルーツなどの「具」が混ぜ固められた板チョコだ。
口に含むと、どれも高級チョコレートらしい上品で強い甘みが広がる。
直後にナッツなどの香りが入ってくるけど、また甘みが香りを押し戻していくという印象。
珈琲はブラジルのコクのある豆を、苦味が強くなるよう淹れたものが合うだろう。
でもせっかくの「具」の役割を消してしまわないよう、香りが主張しすぎない中煎りの豆が良さそうだ。
続いては、東京西の雄『オーボン ビュータン』の「ロッシェ・ヴァニーユ」。
アーモンドクランチとオレンジピールをチョコレートでコーティングしたものだ。
甘さ控えめのチョコレートのベールの中から、オレンジピールのビターな甘みが口内を駆け巡るのか、あるいはキャラメリゼされたアーモンドがカリッと心地よい食感をもたらすのか、口に入れるまでわからないというのも、美味しさの秘密のように思う。
珈琲は主張の少ないものを合わせると味も香りも消されてしまうので、敢えて華やかな香りのあるエチオピアの豆をぶつけてみたい。
浅煎り豆のキリッとした風味が、チョコレートの味と香りを更に明確にしてくれるだろう。
最後は貰い物ではなく、僕がディレクションする店「ハウス・フィルメランジェ」で取り扱っている『バトラーズ』のチョコレートを。
アイルランドのものらしく、「アイリッシュ・ウィスキー・トリュフ」と「アイリッシュ・コーヒー・トリュフ」の二種類。
この二種類、味はほぼ変わりがないけれど、コーヒー味のほうがお酒が少ない。
チョコレートはとにかく濃厚でビター、中にはなみなみのウィスキー。
寒い二月にはうってつけの、体も心もあたたまる大人の義理チョコといったところだ。
お酒に弱い人は酔っ払ってしまうかもしれないので、意中の人を酔わせる作戦もいいかもしれない。
合わせる珈琲はやっぱり味の強いインドネシアの豆や、ケニヤの豆特有の酸味を合わせてみても面白そうだ。
二月は短い。チョコレートを配ってうるう年の仕組みを考えていたら、いつのまにか終わっているものだ。
つかの間の寒さを楽しみつつ、今年はチョコレートに合わせた美味しい珈琲豆を添えて渡してみてほしい。
今月の一杯 【ザ・ビッグベンド・コーヒーロースターズのウェストテキサス・ワイルドファイア】
12月、冬のテキサスに行った際にスーパーの珈琲コーナーで買った、ビッグベンド国立公園の麓にあるらしいローカル・ロースターの珈琲豆。ウェストテキサスのだだっ広い荒野が続く風景のように特徴の無いフラットな味なのだけど、これが意外に良い。何も考えない時間を邪魔しない珈琲というのも、それはそれで。