尾崎雄飛の珈琲天国

Vol.10 伝説の喫茶店・本とのコト


Jun 25th, 2014

text_yuhi ozaki
photo_masahiro arimoto

梅雨にもいいかげん飽きてきた頃、日本はひそかに「夏至」を迎える。
夏至というと、一年のうちで一番昼間が長い日だ。

夜の長い秋には読書をして時間を潰すものだけど、夏至の時期、長い昼間を雨で外出できずに過ごすときにも、読書は有効策だ。

というわけで今回は、暇な雨の日中に読むのにピッタリの、ちょっと小難しい(でも引き込まれる)珈琲の本を紹介しよう。

関口一郎著『カフェ・ド・ランブル 珈琲の焙煎と抽出法』

今年でなんと百歳!だけど今も健在、喫茶店文化の頂点にして生き証人でもある関口一郎氏による過去の文章や、インタビューからの抜粋などを書名のテーマでまとめあげたもので、熟練の達人による焙煎、抽出の方法が子細に書かれているマニュアル/実用書といえるもの。

関口氏による「珈琲だけの店」カフェ・ド・ランブルは、1948年(昭和23年)に創業。以来実に60年以上「珈琲だけ」をていねいに提供し続けている。

ここの名物はなんといっても、生豆のまま10年以上寝かせた「オールド・ビーンズ」と呼ばれる珈琲だ。
これは、関口氏が創業当時に考案し、ずっと実践され続けているもので、生豆を寝かせ熟成させる事で、深くまろやかな味わいの珈琲ができる。

現在のいわゆる「喫茶店」の礎となったカフェ・ド・ランブルの珈琲の深くすっきりした美味は、叶えばぜひ現地で味わってほしい。レジ向かいの焙煎所脇に座る関口一郎氏その人が、元気に挨拶をしてくれるだろう。

嶋中労著『コーヒーに憑かれた男たち』

本書で「コーヒー屋の御三家」と言われる、上述の「カフェ・ド・ランブル」、吉祥寺「もか」、南千住「バッハ」の、3人の”コーヒーに憑かれた”店主たちの人柄や拘り、彼らにまつわる様々なエピソードを、著者の軽妙かつ愛に溢れた文章で綴るドキュメンタリー。

珈琲好きなら、ふむふむなるほど、と目から鱗が落ちる豆知識や、今では雲上人(吉祥寺「もか」の標氏は故人)のような彼らにもやはり若い頃があった、実はこんなユニークな人柄だった、ということが見え隠れする心温まる物語の数々を読めば、「コーヒー屋の御三家」が少し身近に感じるだろう。

大坊勝次著『大坊珈琲店』

昨年末、惜しまれながらも閉店した東京青山の名店・大坊珈琲店の、閉店にあたって同店内で販売された、猿山修氏による美しすぎる装丁の二冊一組の私家本。(誠文堂新光社より発売予定)

赤い布貼りの一冊は、写真家・関戸勇氏による大坊珈琲店の空気や匂いまで写し取った様な美しい写真と、大坊勝次氏本人による「大坊珈琲店のマニュアル」である。

閉店間際の店内には、閉店後移転もあり得ると含ませたような謝辞を掲げていたので、ここまで赤裸々かつ詳細にマニュアルを書いてしまうということは次が無いってこと??などと邪推してしまう程、大坊珈琲店のすべてが書き下ろされている。大坊氏の珈琲のファンは必読だ。

ブルーグレーの羊皮紙で包まれた二冊目は、大坊珈琲店を愛した客人たちによる寄稿文なのだが、この客人の面々が超豪華なのである。

寄稿者各々の実に個人的な胸いっぱいの愛情と、再会への期待を込めた文章に心が温まる。

面白いことに、今回紹介した三冊の本の登場人物は、それぞれに少しずつリンクしている。
「大坊珈琲店」の大坊氏は吉祥寺「もか」に通い自家焙煎珈琲に開眼したというし、『コーヒーに憑かれた男たち』の著者・嶋中労氏は『大坊珈琲店』にステキな賛辞を寄稿していたりする。

また、関口・大坊両氏の焙煎と抽出に関する手法や哲学の違いも興味深いものがある。

人に歴史あり、珈琲に伝説あり。

でも、伝説と呼ばれどもこれらは遠い世界の話ではない。

「もか」と、「大坊珈琲店」は惜しくも閉店してしまっているが、「カフェ・ド・ランブル」の関口氏には会いに行けるし、「バッハ」も変わらぬスタイルを守り今日も営業している。

更には、彼らの下で修行した人々が日本中でその拘りやスタイルといった「伝説」を継承しているから、そんな店を探してもいい。

読書を終えて空が晴れたら、伝説の喫茶店に行こう。
家に籠って本を読んでいるよりも、実際に行って、観て、飲んだ方がいいに決まっている。

僕らはまだ、珈琲伝説の証人になれる時代に生きているのだから。


今月の一杯【セガフレード・ザネッティ・エスプレッソのカフェ・シェケラート】

1998年日本に上陸、本格エスプレッソを身近にしてくれているセガフレード・ザネッティ・エスプレッソ。
今月の一杯はその本格エスプレッソを使った変わり種「カフェ・シェケラート」を紹介しよう。

カウンターで「シェケラートを」と注文すると、なんとバリスタがエスプレッソと氷、ガムシロップをシェイカーに入れてシェイク!
用意されたカクテルグラスに、これまたカクテルを注ぐように流麗な所作でグラスに注がれるエスプレッソと、きめ細やかな泡とのグラデーションが美しい。
仕上げにコーヒーパウダーを振りかけて、できあがり。

グッと濃いエスプレッソの苦みとシロップの甘味がキンと冷やされて、苦いけれど飲みやすい、甘いけれど甘ったるくない。暑いイタリアのこと、エスプレッソを冷たく飲みたいけれど、氷で薄めたくはない!という美食国民の工夫の賜物なのだろう。

暑い日に、バールのカウンターに立ってカクテルグラスを傾けるのも、たまにはオツなものだ。


PROFILE
尾崎 雄飛

2001年よりセレクトショップのバイヤーとして勤務後、2007年に〈フィルメランジ ェ(FilMelange)〉を立ち上げる。2011年に独立し、フリーランスのデザイナーとして様々なブランドのデザイン、ディレクションを手がける。そして2012年1月に自身のブランド〈サンカッケー(SUN/kakke)〉をスタート。現在、様々な商品のブランディングも務めている。

野外でのキャッキャウフフと珈琲と

愛す珈琲・その弐


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