「人が喜んでくれるかどうか」を第一に。
ー 書店主と、雑誌「暮らしの手帖」の編集長、文筆などもされていますが、本に関わりたいという気持ちが昔からあったんですか?
松浦 弥太郎 よく聞かれますが、特にありませんでした。僕、仕事に対して自分がやりたかったことなんて、ひとつもやってないですね。人から必要とされたことを一生懸命しているだけであって、「自分の夢を叶えたい」なんて仕事をしながら一度も考えたことはありません。目の前のことを必死に乗り越えながら、常に社会や世の中、相手の人に対して「どうやったらこの人たちが喜んでくれるか」だけなんです。仕事ってそういうものではないでしょうか。自分がやりたいことをいくらやったって、人が喜んでくれなきゃ意味がないですからね。
ー 全ての仕事においてですか?
松浦 弥太郎 そうです。たとえば、1日中庭掃除をしているだけで世界中の人が喜んでくれるんだったら、喜んで毎日やります。僕にとってはそっちのほうが価値が大きい。『暮しの手帖』の仕事を僕に任せたい、という人や、たまたま僕が本に少し興味を持っていたことを面白がってくれた人がいたから、その人たちにできる限り応えたい、喜んでもらうために仕事をしているのです。
僕はとことん下から目線ですよ。若い時に苦労して、たくさんの人に助けられたから、自分のことを第一に、なんて考えたことがないですね。
18歳。アメリカへ逃避。
ー 高校を18歳で退学して単身アメリカ渡ったきっかけを教えてください。
松浦 弥太郎 簡単に言ってしまえば逃避ですね。夢や希望を追ってアメリカに行った、とかそんな格好いい理由はひとつもないんです。今から30年前なんですけど、当時は高校を中退して何かやる、という選択肢はとても厳しかった。アルバイトも賃金の安い仕事しかないし。
ー アメリカに行くなんて、すごい決断ですよね。
松浦 弥太郎 それくらい嫌だったんですね、あの当時は。例えば居心地のよくないひとつの部屋にずっと居させられると、そこから出たくなる感覚ってありますよね。その出た先がアメリカだった。それだけのことです。
ー ヨーロッパでなく、アメリカを選んだ理由とは?
松浦 弥太郎 行き先にアメリカを選んだのは、当時の17歳が知り得る外国といったらアメリカしか情報がなかったからでしょうね。時勢も「アメリカありがたし」で、何でもアメリカがすばらしく見えた時代ですから。雑誌もアメリカの文化の格好いい部分を特集しているものが多かったですね。
ー アメリカに行って、どんなことをしましたか?
松浦 弥太郎 遠くに行くことだけが目的だったので、英語も喋れず、右も左もわからず、何をしていいのかもわかりませんでした。結局アメリカに行けば何とかなるかと思っていたら、もっと最悪。誰とも話すことなく、アパートみたいな安ホテルで「どうして僕はこんなに孤独なんだろう」と日本にいるときより落ち込みました。
そのホテルは毎日、朝食が出るんですよ。朝食といっても、ドーナツがゴロゴロ入っている段ボール箱がロビーに2箱置いてあって、それをコーヒーと一緒に宿泊客が食べるんです。みんなは楽しそうに話しているけど、僕はいつも独りぼっち。
もう逃げ場がなく、これ以上なく行き止まりだったので、困りに困って自分に何が必要かを考えることをはじめたんです。この最悪の状況をどう乗り越えるかと。人との挨拶の仕方とか、笑顔は大事であるとか、他人に対して心を開く、とか。その時からの自分が人様と同じように生きるために培った、いろんな経験が、いまでも残っていて。最初に話した「人が喜んでくれるかどうか」を大切にしている理由なんです。
正直 親切 笑顔 規則正しい生活。
ー 生きていく上で、こだわっていることはありますか?
松浦 弥太郎 あまりこだわりはないけれど、「正直」「親切」「笑顔」「規則正しい生活」かな。毎朝5時に起床してマラソンして、夕方5時半に仕事を終えて、夜は10時に寝ます。
ー 夕方5時半に終業ですか。編集者は夜遅くまで仕事するものだと思っていました。
松浦 弥太郎 編集という仕事が夜型とか、そういう観念は古いですよ。周りの人の目を気にしたり、新しいチャレンジをしていなかったり。それだとみんなと一緒に仲良く成長はできるかも知れないけれど、自分一人だけがグンってジャンプすることはできませんね。まずは人間関係とかいろんなものを捨てて、独立独歩で頑張ったほうがいい。友達、仲間、上司とか、ぬるま湯みたいなところにいたんじゃダメです。人間関係なんて40代からでもいくらでも育てられるから。
ー なるほど……。仕事の仕方や生活に対して、僕は一度見直す必要がありそうです。
影響を与えた、二人の人物。
ー 松浦さんにとって、生き方のお手本となる人物はいますか?
松浦 弥太郎 一人は微生物学者の中村浩さん。1980年に亡くなってしまったんですが、食糧危機に向けて、宇宙食の開発をしていた人です。糞尿をたんぱく質に変えて、食べ物にしようということをずっと研究していたんです。日本では誰にも認められなかったけど、海外では有名ですね。
もう一人は更に古い人なんですが、ニューヨークのコロンビア大学の日本文化の先生だった、角田柳作さんです。この人がいなかったら、日本文学が全く海外に評価されなかったぐらいの貢献者。文学以外にも日本人の持つすばらしさや美しさを一生懸命教えていたんですね。第二次世界大戦中にも日本に帰らず教えていて、生徒が一人しかいなかったこともあるそうです。そのときの一人の生徒がドナルド・キーンさんなんです。
この二人の生き方はすごく憧れるし、リスペクトしています。ある種アウトローでもある。本当の意味でのインディペンデントであるので。
ー 二人とも誰にも似ていない功績者ですね。
松浦 弥太郎 そうそう。孤高の人。群れたり徒党を組まず、孤独に生きていた、ということですね。
リーバイス501ありき。
ー 次に松浦さんのファッションスタイルの流儀を教えてください。
松浦 弥太郎 ひとつは僕の定番である、リーバイスの501をベースに洋服を着ることです。靴にしても、シャツにしても、ジャケットにしても、最初に考えるのは501に合うかどうか。そうしているとそんな失敗はないですね。でも、501を履くとお洒落か? と言われたらそんなことはないと思います。まず形が野暮ったいですからね。
ー 確かに。シルエットが美しいパンツではないですよね。
松浦 弥太郎 うん。今の時代は特に野暮ったい。その野暮ったいのが心地良い、というのもあるんです。あまり頑張っていない感じというか、そこも含めて好きなんですよ。装いに対しての考え方があって、人混みの中で目立つ服というのはあまり好きではないんです。いつも意識しているのですが、人がいっぱい乗っている地下鉄の中に自分が乗ったときに、浮くような格好かどうか、なんですね。その場所に馴染む、ということはちょっと野暮ったいことでもあるんですよ。
あとは色ですね。ネイビー、白、黒、茶色。黒の中にはグレーも入るんですけど、この4色の服しか僕は持っていないんですよ。
ー かなり狭くないですか? 赤や緑は対象外ですね。
松浦 弥太郎 それが自分のベーシックだと決めています。それに僕、洋服屋さんに滅多に行かないんですよ。今47歳なんですけど、おそらく僕くらいの世代の人は今持っている服だけで多分一生困ることはないと思います。季節ごとに新しい洋服がお店に並びますが、良いジャケットなら、よっぽどのことがなければ4、5年着られますから。
ー その『良い』という部分が重要ですね。
松浦 弥太郎 無駄に洋服を買わないためにも、とびきり良いものを買います。もちろん人それぞれですが、僕は高くても絶対良いものを買う。自慢したくて買うのではなくて、買って良さを知りたいんです。例えば20万円のジャケットなら、それを毎日着てみて「なるほどこういう部分が20万する理由なんだな」と。そればかりは買わなきゃわからないですから。好奇心もありますし、もちろん良いものは長持ちするから、長く着ることで愛着も沸くし。
ー 例えばペン1本でも良いものを使うべきですか?
松浦 弥太郎 そうですね。なるべくなら。ちょっと名前書いてくれ、と言われたときにインクがもれるようなボールペンだと嫌じゃないですか? たくさん失敗して、探し出すんです。30代の時に買い物をいっぱいしたので、失敗だらけでした。若いときこそお金を使わないとだめです。40代、50代になって失敗したら笑われちゃうから。人それぞれの価値観だけど、良い暮らし、クオリティのある生活をするべきだからこそ、そのためにいっぱい失敗するべきですね。洋服だけでなく、生活や住まい、食事も、仕事も。
ー 最初から成功するのは難しいですか?
松浦 弥太郎 無理無理。失敗の数が多い人が、最後に成功しますよ。それだけチャレンジしているということですから。洋服で言うと、僕なんかは若い頃何でも着て、今の自分のスタイルがあるんです。いきなり自分のスタイルなんて見つけられません。失敗せずにきたとしても、自分で納得ができないはず。この『納得』というのも大切なんです。結局仕事も生活もどう自分が納得するかです。だって、理不尽なことでもやらなきゃいけないことってたくさんあるんだけど、それでも自分が納得できなければ苦しいばっかりで辛いですから。そのためには失敗も含めていろんな経験をしとかないと、と思っています。
相手へのリスペクトが装い。
ー 最後に松浦さんにとっての『装うこと』を教えてください。
松浦 弥太郎 僕にとって洋服を装うことは礼儀ですね。人に会うときにする格好は、相手に対するリスペクトを表しているんですよ。「僕はあなたに会うためのマナー、社会に対する礼儀として、こういう格好をしています」という心構えを言わずとも示しているんです。
ー 礼儀と考えたことはなかったです。
松浦 弥太郎 些細なことかも知れないけれど、すごく大切です。仕事をしていると、ちょっと間違っている人が多いな、と感じることがあります。もちろん洋服だけが相手に対するリスペクトではありませんが、大事だと思います。