TRADITIONAL STYLE

Vol.03 八木沢博幸


Nov 14th, 2012

photo_shota matsumoto
text_jun takahashi(rhino inc,)

ファッションスタイルだけではなく、「トラディショナル=伝統」を大切にする人物をクローズアップする当企画。第3回は原宿にあるセレクトショップ「キャシディ」と「キャシディ ホーム グロウン」で30年以上接客し続ける八木沢さんにインタビューしました。

デザイナーからアパレル業界へ転身。

ー八木沢さんとキャシディの歴史を教えて下さい。

八木沢 博幸 元々僕はデザインを勉強していて、そのままグラフィックデザインの仕事をしていました。デザインも好きだったのですが、それよりも好きだったのがインポートの洋服だったんですよね。20歳頃に出会った「Made in USA catalog 1976」という一冊がきっかけで。今日持ってこようかと思ったんだけど、貸した人に表紙破られちゃって。みっともないからやめました(笑)

ー「Made in USA catalog」にかなり影響を受けたんですね。

八木沢 博幸 はい。今ほど情報に溢れていなかった時代だったので、食い入るように読んでいました。表紙のレッドウイングに代表される、「THE アメリカン」なアイテムもさることながら、学生たちの生活など、ライフスタイルもかっこいいな、と思って。ただ、日本で売られていないモノばかり掲載されていたので、ひょっとしたら輸入をしているアパレルメーカーに入れば、手に入るかも? なんて甘い考えがあって。

ー入るなら「ミドリヤだ!」と決めていたのですか?

八木沢 博幸 そうだとかっこいいのですが……実は当時アメ横にあった「ルーフ」というお店がスタッフを募集していたので、そこに履歴書を送ったのですが落とされちゃって。その時「ウチに来てみる?」って声をかけてくださったのが「ミドリヤ」の会長だったんです。インポートの洋服を取り扱っていたのは知っていたので「よろしくお願いします」と。それまでデザインの仕事しかしていなかったので、しばらくは大井町と原宿の店舗間の荷物運搬といった見習い的なことをしていました。

ミドリヤからキャシディへ

ーキャシディという名前は八木沢さんが付けたんですか?

八木沢 博幸 はい。ちょっと長くなるのですが、1980年にミドリヤを改装して、新たに名前を変えることになったとき、命名させてもらいました。元がミドリヤという名前だったので、ガラリと別の名前にするのではなく、何かつながりを持たそうかな、と。ミドリヤはお店のキーカラーを緑にしていたので、同じく緑を基調としている国、アイルランドで何か関連付けようと考えました。

そこで思いついたのが昔読んだラルフ・ローレンのインタビューで、彼が憧れている人として挙げていた「ホッパロング・キャシディ」という西部劇のヒーローだったんです。スーパーマンよりも前のアメリカンヒーローですね。その回答も彼らしくかっこいいな、と感じたのですが、その話も長くなりそうだから別の機会に(笑)。キャシディという名前のルーツを辿るとアイリッシュに多い名字だったので、アイリッシュグリーンとアイリッシュな名字ってことで「キャシディ」に決定し、それからお店を任せて頂くことになりました。

ホッパロング・キャシディ

短編小説のキャラクターで、後に1930年頃に映画化された、西部劇のヒーロー。全身黒ずくめの衣装で、当時としてはかなりアバンギャルドなキャラクターだった。

ーミドリヤからキャシディになり、インポートしていたアイテムはガラリと変わったのですか?

八木沢 博幸 そんなことなくて、元々お取り扱いしていたバラクータ、ラコステといった洋服たちはそのままに、その時その時に自分が良いなってモノを集めています。そんなに変わっていないですね。

ー八木沢さんが好きなお店ってあるんですか?

八木沢 博幸 80年代初頭にアメリカ出張でロデオドライブにあったお店を見てから、ずっとラルフ・ローレンは格好いいと思っています。僕が夢描いているアメリカのライフスタイルがぎゅっと凝縮していて。トラッドだけでなく、ワークやスポーツ、アウトドアにウエスタンまで楽しめるし。常に新しい提案があるスタイルも好きですね。例えばポロシャツにしてもデザインはそんなに凝っていないのですが、30色くらいカラーバリエーションをラインナップしていたり。「ポロシャツ=白が基本」みたいな考え方を変えたり、古くからある伝統的なモノを新しい解釈で甦らせたりしていて、ワクワクしますよね。

若かりし頃の八木沢さん。中には90年頃、NYでラルフ・ローレン氏と撮影した写真も。「ラルフ・ローレンと写真を撮ったとき、周りに黒いスーツを来た屈強のセキュリティがたくさんいて怖かったな~。『日本でキャシディという店をやっている』と伝えると『いい名前だな』と言ってもらいました」

ー「キャシディ」がオープンした1980年当時のファッションシーンを教えてください。

八木沢 博幸 うーん。トラッドな人もいたし、アンチトラッドな人もいたし……、いろんな人がいましたね。「FILA」のポロシャツを着たサーファーもいたり、一方でヘビーデューティなアメカジな人もいて。今みたいに段々とファッションのスタイルが細分化され始めた頃なんじゃないでしょうか。きっと景気がよかったのもあって、盛り上がっていましたね。周りのお店だと、セントラルアパートにあった「バークレイ」とラフォーレの横っちょにあった「クルーズ」はちょっと厳格な感じのIVYなお店で、いっつも混んでいました。1980年に「プレッピーハンドブック」という本が発売されたのですが、紺ブレやチノパンが爆発的に流行っていましたね。ファッションに対して保守的な男の子に、とてもマッチしたんだなと、今思います。

もてなしの心。

ーずっとお店に立ってきた八木沢さんが、接客する上で大切にしていることを教えて下さい。

八木沢 博幸 来てくれたお客様を、上手にもてなしたいな、といつも思っています。気持ち良く洋服を見てもらって、気持ち良く帰ってもらいたいです。料亭じゃないけど、もてなしの心。思い入れのある接客をしたいですね。

ー30年以上もお店にいるということは、永い付き合いになるお客さんもいますよね?

八木沢 博幸 はい。親子2代でお店に来てくださる方もいて、面白いです。もちろん僕よりも先輩の方も来られますし。様々な年代の方に、その人なりの洋服に対するこだわりを教わっている感覚がとっても楽しいですね。例えば若い子が定番の着こなしと全く反したスタイルをしていても「逆にかっこいい!」と思えたり。そんないろんな人が集まる原宿にいられること自体が刺激的です。

ーそんな八木沢さんが考える、ファッションに対する流儀を教えて下さい。

八木沢 博幸 そうですね、今までいろんな洋服を試したのですが……言葉で言うとすると(ここで手帳をゴソゴソ)中吊り広告で見て、良いなって思った「着たいのは素敵ベーシック」です(笑)恐らく「FIGARO」の特集に付けられていたキャッチコピーなのですが、好きな言葉です。ベーシックってちょっと野暮ったいイメージがあるけれど、素敵という言葉が付くと、とたんにワクワクするんですよね。ベーシックな着こなしに縛られることなく、その中に楽しいものが見つけられると良いなって。

お店のいろんなところに散らばっている、八木沢さん特製手描きイラストのパネル。「洋服以外でもお店の雰囲気を作れたら良いな、と思っているんです」

ー八木沢さんはこれからも接客し続けるのでしょうか。

八木沢 博幸 はい。立てなくなるまでずっとやっていきたいです。ニューヨークにある、昔ながらのトラッドショップには70~80歳くらいのおじいちゃんがいますから。これからも僕はここでずっと接客して「素敵ベーシック」を探していきたいと思います。

【shop information】

キャシディ ホーム グロウン

渋谷区神宮前4-29-8 03-3470-6970

Vol.04 野口健

Vol.02 浅井愼平


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