TRADITIONAL STYLE

Vol.02 浅井愼平


Oct 10th, 2012

photo_shota matsumoto
text_jun takahashi(rhino inc,)

ファッションスタイルだけではなく、「トラディショナル=伝統」を大切にする人物にクローズアップする当企画。第2回は写真家の浅井愼平さん。仕事に対するこだわりや、ファッションスタイルの流儀について伺いました。

自己に忠実である、ということ。

ー写真をはじめ、執筆等様々な仕事をされている浅井さんの、「仕事に対するこだわり」を教えて下さい。

浅井愼平 いきなり難しい質問だね(笑)。こだわらなければ、クリエイティブというものはあり得ないのだけれども、大切なのは何に対しても「自己に忠実である」という想いですね。昔、筒井康隆さんと「20世紀に色んなことを先人がやってしまっているから、もう俺たちがやることはないよね」と冗談を言っていました。あらゆる表現は出尽くしているのではないかと。それでも僕にしかできないことがある、と信じてきて、ずっとそれを探していたのだと思います。

ー1966年の写真集『ビートルズ東京 100時間のロマン』や1982年の映画『キッドナップ・ブルース』も浅井さんにしかできなかったこと、ということでしょうか。

浅井愼平 ええ、写真集「ビートルズ東京~」も武道館ライブの際のビートルズの記録写真でもありますが、ただ単に現場を切り取った写真というわけでなく、僕の内面をくぐり抜け、生まれた作品なのだと思ってます。

THE BEATLES IN TOKYO 1966

文中に登場した、浅井愼平さんが撮り下ろした写真集の翻訳版。1966年の来日時に、ビートルズが使った日用品や留守中の部屋、滞在しているホテルの窓から見える風景の写真等、独特の空気感を感じ取ることができる。2012年10月時点で重版未定。

皮膚のように洋服を着る。

ー浅井さんがファッションに出会ったきっかけを教えて下さい。

浅井愼平 10代半ばに出会った、外国の映画や雑誌の影響がとても大きかったと思います。それこそ日本では明治時代まで着物を着ていたわけで、近代化の中で西洋の文化を学んできたのだけど、映画の中の登場人物はごく自然に、まるで皮膚のように洋服を纏っていたのです。それがとっても羨ましくって「大人になったら、あんな風に着るものと出会えたり、こなしていけたらいいな」と少年時代に感じていました。そういった想いが今でもあり、基本的には相手が気づかないくらいのファッションを目指しているような気がしています。

ー新しい洋服を着ていても、人に気づかれなくても良い、ということですか?

浅井愼平 ええ、僕は相手に気づかれないくらいが丁度いいと思います。相手に気づいてもらうために洋服を着るのは、僕の流儀にはないです。できれば僕が何を着てきたのかわからずに、思い出してみると「良かったよね」と言ってもらえたらいいですね(笑)。着るものは、体の一部のようにあくまで自然であるべきだと考えているのです。

もっと言うと男性のファッションは仕事着の延長線上と考えています。ここでの『仕事着』というのは、単純に作業服という意味でもありますし、スポーツ選手が着るスポーツウェアのように、その人の動きや生活に合わせたユニフォームという意味。つつがなく、あくまで合理的。それでいて着ていると楽しかったりする、というね。人と同じものを着ていても、違って見える中身があるか無いかを、自分自身に問うわけです。人と違っている洋服を着るのは、ある意味で中身の問題では無くなってしまうので。

ーとてもトラディショナルな考え方ですね。

浅井愼平 そうですね。ひと昔前のアイビーリーグの学生のように、同じような装いの中にその人物ならではのこだわりが見えてくるような、そんなイメージです。それがトラッドファッションを好きな理由の一つですよね。冒頭で話した映画で観て憧れたファッションにも通じるのですが、登場する人物たちが着ているものは、もちろん主人公の人格を表している前提なので、セリフや動作と同じくらいに背景が見えてくる。日本の映画で言うと「七人の侍」も登場する7人の、それぞれの人となりが装いにも表れていますよね。

ー現実でも、洋服が人を表しているのですね。

浅井愼平 極端に言えば、着ているもの、着こなしを見ればアイデンティティがわかります。メッセージみたいなもので「僕はこういうものです」「こんな考え方です」というのを嫌でも相手に示していると考えると、ある意味恐ろしくもあり、面白いですよね。

ー最近お気に入りで着ている洋服はありますか?

浅井愼平 いや、「最近」とかないですよ。着るものは自分の中で完成しているので、基本的には同じものを着ています。長いものだとリペアをしながら50年くらい着ているものもあります。人生も長いですから(笑)、これからいじる必要は全くないわけです。いじればいじるほどロクなもんでもないって感じもするし(笑)。スポーツで言うと、ニューヨークヤンキースのユニフォームのように素材や細かなデザインは変わっても、デザインの軸は不変ですよね。それと同じように、変わらないことに誇りを持っているということが男のファッションのベーシックな部分で必要だと思いますね。

1912年のニューヨークヤンキースのユニフォーム

前身である、ボルチモア・オリオールズを入れると創設100年のニューヨークヤンキース。左胸と帽子にある、お馴染みのロゴはティファニーがデザインしたそうです。浅井さんが教えてくれました。

ーちなみに50年着ているものとは具体的にどんなアイテムなのですか?

浅井愼平 デニムやシャツ、ブレザーなど、たくさんありますよ。僕の日常で必要なもので永く着てくこと面白く、愛着が沸くものですね。

ーすごく良い味が出ていそうですね。

浅井愼平 やっぱりお店で売られている、最初から長い時間を経たような加工がされているモノとは一線を画します。その年数だけ連れ添ってきたということで、愛着が違いますね。今はその「味が出る時間」がお金に変わっている時代なのだと思います。人々は洋服に費やす時間を失いつつあるのかも知れませんね。それと同時に、お金を払ってでもその価値を知っている、ということでもありますが。

石との出会い。

ー石に魅せられている、と聞いていますが、どんな魅力があるのでしょうか?

浅井愼平 生き物としての自分と、採集していた石のバックボーンにある、何万年という時間を感じることですね。自分の宇宙観や考え方に多大な影響を与えていると思います。今でも旅に行けば自然と石を拾って、ポケットに入れていることが多いですね。石を拾うということは、写真を撮るという行為にとても似ていて、誰も拾ったことのない石を探すのと、誰も撮ったことのない写真を撮ろうとチャレンジすることが近いので。そういった意味ではきっと僕は生まれついてのコレクターなのだと思います。

Birds Studio Watching
バーズ・スタジオにある、いろいろ。

男のファッションには理屈が必要。

浅井愼平 いろんな話しをしたけれど、要するに男のファッションには理屈が必要なんだよ(キッパリ)。(インタビュアーを見て)君は今日ポケットの付いた白いTシャツを着ているね。それはとても素晴らしいんだよ。ポケットがあることで上着であることを意味しているから。ポケットが無いと、無地のTシャツは下着なんだから。僕も人前に出るときは、必ずポケットの付いたTシャツを着るからね。これが理屈。「これは上着です」と洋服で示してくれているから、安心して君を見ることができる。もしポケットが付いていなかったら、ちょっと昼寝していけば?って聞いているかもね(笑)。

Vol.03 八木沢博幸

Vol.01 テリー伊藤


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