長年イーストヴィレッジのカルチャー発信基地として親しまれて来たSt.Mark’s Bookshopがこの夏移転しました。1977年の創業以来、このエリアのランドマークといってもいいような書店でしたが、ここ数年は家賃高騰のため、毎年契約更新時には閉店するのではないか? 移転するのか? といった 噂が持ち上がり、この店の長年のファンたちによる署名運動なども盛り上がっていました。
そして今年、ついには契約更新ができないという運びになり、移転することが決定しました。移転に際しての資金は、とてもニューヨーク的かと思いますが”クラウドファンディング(Crowd Funding)”というインターネット経由で募金をよびかけました。これは インディペンデントな映画監督や製作資金の少ないクリエーターたちが自分達のアイディアに”投資”してもらうというシステムで、アメリカではかなりポピュラーになっている資金調達方法です。数十ドルから参加でき、手軽にそのクリエーターやプロジェクトの”パトロン”になれる、というわけです。St. Mark’s Bookshopもこの方法を利用し、移転資金を調達しました。
新ショップのデザインは建築事務所Clouds Architecture Officeによるもので、流線型を描く真っ白い書棚が印象的です。事務所パートナーのひとりは日本人建築家の曽野正之さんで、この移転プロジェクトに関わる経緯については「ニューヨークに移住した98年ごろからずっとこの本屋が好きで、 仕事帰りなど夜中までやっているのでよく立ち寄っていました。尖ったセレクションのウィンドウやディスプレイも素晴らしく、待ち合わせもここが定番だったくらいです。家賃値上げ反対の署名にももちろん参加し、またクラウドファンディングを通じてドネーションをした際、書店の再設計者が必要ならボランティアでお手伝いしたい、と申し出たところ数日後にオーナーからご連絡をいただきました」。
本のネット販売やipad、Kindleなどを通じた配信がますます進む昨今。そんな中での書店設計というプロジェクトについて曽野さんは「我々はインターネット以前に思春期を送った世代で、書店は日々の生活に欠かせない場であり最新情報やインスピレーションの宝庫でした。私自身もそうですが、ふと入った書店での一冊の本との思いがけない出会いにより、人生ががらりと変わった経験を持つ方も多いと思います。今回のデザインはそんな体験を誘導するような、『本のランドスケープ』というコンセプトをたてました。森や川辺を散策して色々なものを発見したり驚いたり、というのと似たような体験を書店でもしてもらいたい。立体的な本棚と形を変えてゆく可動式のディスプレイ・テーブルはそうした体験を誘発する為に設計したものです。
店内は実は “大きなひとつだけの本棚”で出来ていて、来店する人々を優しくハグしているような形になっています。書店中央は空間を空ける様にレイアウトしてあるので、今後は本の朗読会などのイベントも開催され、さらに書店は賑わっていくことでしょう。ディスプレイ・テーブルもばらすと椅子に早代わりするようにデザインしてあります」。
書店オーナーのひとり、テリー・マッコイさんは「 今のロケーションもイーストヴィレッジの中心地であり、より地元に密着した書店作りをしていきたいと考えています。新しい店舗デザインも、本当に斬新なもので、訪れる人みな『なんて美しいブックショップなんだろう!』といってくださいます。今、本を買う、というのは印刷メディアを絶やさないための意義深い行為。私たちは70年代からずっとイーストヴィレッジカルチャーの鏡、のような存在で、この地に根ざすアーティストや作家、ミュージシャンたちの交流の場となってきました。いろいろありましたが無事移転することができて本当によかったです」と話しています。
白い本棚にさまざまなジャンルの本の背表紙がずらりと並ぶさまは、本当に圧巻です。私も、オープン記念に何か一冊買おう、と思って訪れたのですが”本のランドスケープ”に迷い込み、なかなかその一冊、というのを決めかねてしまいました。でもそんな体験もまた貴重な時間なのかな、と思いつつ。そして最終的には今、私が興味を持ち始めているメディテーションについての本と出逢うことができ、それをレジに持っていきました。
St. Mark’s Bookshop
136 E 3rd Street(between Avenue A & 1st Ave.) , New York NY10009
Tel: 212-260-7853
営:12:00~22:00
http://www.stmarksbookshop.com
Photos by GION